理論テクトニクス入門
構造地質学からのアプローチ
山路 敦(著)
朝倉書店 2000年刊
ISBN 4254162413 B5判 287ページ 定価(6,200円+税)
特 色
- テクトニクスの数理モデルとその連続体力学的基礎を丁寧に解説した教科書.
- 対象とする地質構造は,40億年前のものから第四紀のものまで,国内の露頭でみられるものから地球規模におよぶ. また,他の惑星・衛星のテクトニクスも対象とする.
- 練習問題付き
目 次 詳細目次(PDF, 386 KB)
Part 1 変形と静力学
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第1章 歪み
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第2章 微小歪みとその累積
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第3章 応力とアイソスタシー
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第4章 主応力と応力場
Part 2 動力学
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第5章 応力と歪みの関係
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第6章 断層
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第7章 弾性と地殻応力
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第8章 リソスフェアの弾性
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第9章 線形流体
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第10章 粘塑性体
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第11章 小断層による古地殻応力測定
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第12章 リソスフェアの動力学
付 録
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数式の説明
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練習問題の解答
参考文献
索 引
正誤表
2017年1月25日更新
補
遺
表紙
- 房総半島の第四紀初期の地層(大田代層)とそれを切る小断層.
- 三野・山路(1999,
地質学雑誌, 105, 574-584)の調査地域にある露頭.
第1章
- 構造地質学の教科書には,歪み解析の諸テクニックが載っているのがふつうです.本書でもそれらを載せようかと迷ったのですが,けっきょく載せませんでした.狩野・村田(箸)『構造地質学』(p.63-72)が幾つかの手法を説明していますので,必要がある方は,そちらをご覧ください.
- 変形した礫など,楕円で近似できる歪みマーカー群を利用した有限歪み解析では,Yamaji (2003, Journal of Structural Geology, 27, 2030-2042)が新手法を提案.Ellipstat
(ver. 1)は,同手法をWindows用プログラムとしたものです.
- 2次元歪み解析については,最近もっといい方法を思いつきました.2次元歪み解析の色々な理論を統一する理論が作れるというはなしです.Yamaji (Journal of Structural Geology, 30, 1451-1465,
doi:10.1016/j.jsg.2008.07.011)で公表したこのはなしの概要を,ここで紹介します.(1)楕円の長軸方向と軸比という組になったデータをうまく位置ベクトルで表すと,変形によりその組がどう変わるかが線形写像で表されることを見出しました.変形後のベクトルが,変形を表す行列と変形前のベクトルの積になるということです.(2)うまく位置ベクトルで表すといったのは,ベクトルを定義する空間が,ある種の非ユークリッド空間であるということです.また,そうした組のデータを扱うということは,見積もりの難しい体積変化量を無視するということです.そうすると,あらゆる組は,その空間における1枚の曲面上の点たちと1対1対応するようになる.共軸変形の前後の楕円を表す2点と,歪み楕円を表す1点という具合です.この非ユークリッド空間をうまく選んだために,この曲面上における上記2点間の距離が,歪み量(の対数の2倍)と一致するという,歪み解析にとって理想的な性質を,この定式化がもつようになります.(3)多数の楕円状歪みマーカーが観察されたなら,同じ数の位置ベクトルが得られ,それらの広がりと算術平均によって,歪み量の不確定性と歪み量とが計算できます.広がりは,上記の曲面上でのデータ点どうしの距離で定義できます.(4)楕円状歪みマーカーから得られる,そうした組のデータは,複数の図示法で表示されてきました.代表的なのはRf/φプロット(長軸方向を横軸に,軸比の対数を縦軸にしたプロット)ですが,ほかにもElliott (1970)やWheeler (1984)などがあります.それらは,上記の曲面からユークリッド平面への投影法の違いとして統一的に理解できます.球面からユークリッド平面への投影にたとえると,Elliottプロットはちょうど正距方位図法に,Wheelerプロットは正射図法にあたります.同様の発想で,正積投影とノモン投影が考えられ,それらを活用するためのネットを描画してみせました(Equal-Area
and Gnomonic
Nets).上記(3)のRf/φ歪み解析では,正積投影図にデータをプロットすると,データ点の広がりがすぐに目にみえて分かるようになります.(5)ノモン投影図のほうは,kinematic vorticity
analysisに利用することができます.剪断帯のポーフィロクラストの形状を楕円で近似し,順回転粒子と逆回転粒子と区別できるようにこのノモン投影ネットにプロットすると,それら2種類のデータ点を分割する直線をこのネット上に描くことにより,kinematic
vorticity numberが推定できます.(ただし,逆回転粒子をほんとうに認定できるのかという,現場の声もあります.) これは,Simpson and De Paor (1997)のhyperbolic distribution法と数学的には同値ですが,双曲線を描くより直線を描く方がはるかに容易というところが取り柄です.
第2章
- §2.7では変位勾配テンソルの式∂u/∂x =γbnを導くとき,Molnar (1983, 文献133)の線にそって説明しました.しかし最近の私の講義では,もっと簡素な導出法を示しています(拙著An Introduction to Tectonophysicsのp.53).すなわち1条の断層にまず注目するとして,それをまたぐように位置ベクトルxをとり,断層の法線と変位方向を,それぞれ単位ベクトルn,bで表す.これら2本のベクトルと平行な辺を持つ長方形を考える.ただし,その対角線の1本が,xと一致するとする.この長方形は,断層で2つの長方形に分かれて,断層をはさんで反対方向にずれる.それらの長方形を粗視化してみると,平行四辺形で近似できる.正方形が平行四辺形になったとして,この断層による工学剪断歪みをγとする.すると,位置ベクトルの始点からみた終点の変位は,u = γ(x・n)bとなる.変位勾配は,したがって∂u/∂x = ∂[γ(x・n)b]/∂x.右辺を成分で書くと,γb_i Σ_k n_k∂x_k/∂x_jとなる.注目している断層をまたぎさえすればxを任意にとることができるので,xの3成分はたがいに独立である.ゆえに∂x_k/∂x_j = δ_{kj}.結局,変位勾配テンソルは,∂u/∂x =γbn.
第4章
- p. 72 Φ_B と Φ_L について.Φ_BをBishopの応力比と書きましたが,このパラメータを最初に多用したのは,Bishopとは別の人だったらしい.このごろ筆者は,Φ_BをたんにΦと書き,応力比と呼んでいます.Φ_Lのほうの使用頻度が低いことも,Φ_Bをたんに応力比とぶ理由です.Φ_L の値は-1から1までの範囲にあり,σ2の大きさがσ1とσ3のちょうど中間のときに0の値をとるというぐあいに,対称性がよいのがΦ_Lの良い点ですが,応力テンソルインバージョンの理論では,Φ_Bを使う方が式が簡単になる傾向がある.それでこのごろは,Φ_Lを使いません.本書を刊行したり多重逆解法を提唱したりした2000年頃はΦ_Lのほうに愛着を持っていたので,私はΦ_Lを多用していたのですが,今は多重逆解法を使った論文でも,Φ_Lを使わないようになりました.
- §4.2と関連して,筆者らは次の2論文で,岩脈群や鉱脈群から応力を推定する方法を提案した.主応力軸と応力比が求まるだけでなく,最大流体圧がどの程度だったかもわかる:
- Yamaji, A., Sato, K. and Tonai, S. (2010) Stochastic modeling for the stress
inversion of vein orientations: paleostress analysis of Pliocene
epithermal veins in southwestern Kyushu, Japan. Journal of Structural
Geology, 32, doi:10.1016/j.jsg.2010.07.001.
- Yamaji,
A. and Sato, K. (2011) Clustering of fracture orientations using a mixed
Bingham distribution and its application to paleostress analysis from
dike or vein orientations. Journal of Structural Geology, 33, 1148-1157,
doi:10.1016/j.jsg.2011.05.006.
- 3次元のモール円にかんする第(4.54), (4.55), (4.56)式についての補足説明.主応力についてのσ3≦σ2≦σ1という大小関係のため,これらの式の右辺第2項の符号はそれぞれ+,−,+となる.したがって,n1, n2, n3 が0から1まで変化すると,それら3式の右辺はそれぞれしだいに大きく,小さく,大きくなる.そのため法線応力と剪断応力の組は,第4.11図の3つのモール円で囲まれた灰色の領域の点に限られる.
第8章
- 月の海のテクトニクスを堆積物荷重で説明するモデルを,§8.8で紹介しました.月探査機「かぐや」の観測が,このモデルに対して否定的結果を示しています(Ono,
T., Kumamoto, A., Nakagawa, H., Yamaguchi, Y., Oshigami, S., Yamaji, A.,
Kobayashi, K., Kasahara Y. and Oya, H., 2009. Lunar radar sounder observations
of subsurface layers under the nearside maria of the Moon. Science, 323,
909-912.).
第9章
- §9.1で,「テクトニックな運動のように遅い流動では,慣性項が無視できて」と書きましたが(p. 162),補足します.例えばプレート運動を考えると,その速度は数cm/年,すなわち10-9 m/s程度.プレート運動状態の変更には百万年程度(3×1013 s)かかるとすると,加速度は3×10-23 m/s2程度.式(9.6)の左辺の物体力として重力を考えると,その大きさは10 m/s2.つまり,慣性項は重力項より20桁以上小さいことになります.したがって,テクトニックな運動を考える場合,慣性項は無視できるわけです.
- 構造地質学では,図9.20のθに対応した量を,変成岩の微細構造から推定しています.変形を単純剪断と純剪断の合成として表現されるとして,それらの割合である運動学的渦度(kinematic
vorticity)を推定するわけです(パスキエ・トロワ, 1999. マイクロテクトニクス. スプリンガー・フェアラーク東京).この量Wkが0なら純剪断,1なら単純剪断で,一般にはその中間の変形がおこるわけです.ポーフィロクラストを使う方法については,Yamaji
(2008, Journal of Structural Geology, 30, 1451-1465,
doi:10.1016/j.jsg.2008.07.011)がそのための方眼紙を提案し,データをそれにプロットすれば,運動学的渦度とその信頼範囲が求まるようになっています.
<第11章
- 小断層解析の理論(応力テンソルインバージョン)は,3つの論文がブレークスルーになって,本書刊行前後から急速に進歩しました.すなわち,Fry
(1999, Journal of Structural Geology, 21, 7-21), Fry (2001, Journal of
Structural Geology, 23, 1-9), Orife and Lisle (2003, Journal of Structural
Geolgy, 25, 949-957)です.Sato
and Yamaji (2006, Journal of Structural Geology, 28, 951-971)はそれらの理論を統合し,応力テンソルインバージョンの幾何学的解釈を提供しました.そして統計解析の基礎をつくりました.Yamaji
and Sato (2006, Geophysical Journal International, 167, 913-942)は,このインバージョンで決定される解(応力)のあいだの距離を定義し,誤差論を展開しています.ちなみに,この統合理論で提案した5次元パラメータ空間が,3次元粒子ファブリックの統計処理に活用できることを,Geosphereという雑誌の論文でしめしました(Yamaji et al., 2007).このパラメータ空間は,小断層以外にも応力解析に使うことができます.鉱脈群から応力を推定したYamaji
et al. (2010, Journal of Structural Geology, 32, [ScienceDirect])も,このパラメータ空間を使いました.
- 多重逆解法は,アルゴリズムと計算グリッドがそれぞれOtsubo ana Yamaji
(2006, Computers & Geosciences, 32, 1221-1227)とSato and Yamaji (2006, Journal of Structural
Geology, 28, 972-979)によって改良され,本書刊行時に比べて分解能と計算速度が著しく向上しました.になみに,この計算グリッドの1点1点は,上記の5次元空間の単位球面上において等間隔に配置された点たちのことで,それぞれが応力を表しています.つまり,等間隔に選ばれた応力たちを表すわけです.多重逆解法は,最近は小断層のみならず,地震の発震機構にも応用されつつあります(大坪ほか, 2007, 月刊地球, 29, 292-296; Otsubo et al., Tectonophysics, 457, 150-160,
doi:10.1016/j.tecto.2008.06.012).
- 本研究室では,作成した小断層解析/応力テンソルインバージョンのソフトウェアを,無料で公開しています.
- 深田研ライブラリー(No. 94)は,ほとんど数式無しで,小断層解析の解説をしています.
付録A
- 線形代数学には良書がたくさんありますが,「工学のためのマトリクス」シリーズは,先生と学生達との会話体で書かれており,そのことから明らかなように,非常にやさしい事柄からはじまってやさしく種々有用な定理を解説しています.数学が苦手という方には良い教科書だと思います.『マトリクスと連立1次方程式』が最初の巻です.『マトリクスとシステム』が3巻目に相当しますが,前2巻にくらべてやや難しい.
- 小島紀男・本間光一・矢沢志雄作, 1990. マトリクスとシステム (工学のためのマトリクス). 東海大学出版会.
- 町田東一・駒崎友和・松浦武信, 1990a. マトリクスの固有値と対角化 (工学のためのマトリクス (2)). 東海大学出版会.
- 町田東一・高橋宣明・川上 泉・村田 勝, 1990b. マトリクスと連立1次方程式(工学のためのマトリクス). 東海大学出版会.
- 本書では,歪み楕円体と応力楕円体といったぐあいに,楕円や楕円体がしばしばでてきますが,金谷(1995)は楕円と楕円体の数学的扱い(統計処理を含めて)を丁寧に解説しています.Kanatani
(2005)は,その増補英語版といったかんじの教科書です.
- 金谷健一, 1995. 空間データの数理―3次元コンピューティングに向けて.
朝倉書店.
- Kanatani,
K., 2005. Statistical optimization for geometric computation: theory and
practice. Dover Publishing.
- ダイアディック表現 行列どうしの積や行列とベクトルとの積について,A・BとかA・xのように,「・」を使うのはどうかと思う,というコメントがこれまでしばしば寄せられました.そうした記法をあえて選んだ理由は書きませんでしたが,物理的実体とその表現とを区別するのがスマートだと思ったのが,その理由です.応力なり歪みなりというのは物理的実体であるが,行列要素は,そうした実体とは独立に,座標系の選定という行為を経て初めて意味をもつ.つまり行列要素は,物理的実体に対する表現です.ベクトルを例にとると,時速1kmで北に向かう速度は,座標系を定義するか否かに関わりなく,そのようなものとしてある.それに対して,その速度が(1,0,0)であるというのは,そうした実体に対する1つの表現である,ということです.つまりAやxは,行列とベクトルという数学的実体ではなく,物理的実体であると思っているわけです.ドットを用いたのは,実体どうしの関係から何が出てくるかを示したかったということです.こうした記法を,Gibbs
dyadic notationとよびます(Malvern,
L.E., 1969. Introduction to the Mechanics of a Continuous Medium.
Prentice-Hall; 棚橋隆彦, 1988.
連続体の力学, 5, ベクトル演算と物理成分. 理工図書).p.262のA:Bも,ダイアディック表現です.ダイアディック表現されている積について具体的に値を計算するには,もちろん座標を明確に定義して,行列要素を使う必要があります.