鍾乳石を用いた古気候変動研究

本研究は、京都大学21世紀COEプログラムの中の鍾乳石を用いたインドネシアの古気候学的研究プロジェクトの一部を担うものであり、鍾乳石中の炭素・酸素安定同位体や微量元素分析から、過去50万年間のアジア熱帯域の気候変動を解明することを目的としている。これまで、平成18年度の調査で採取されたインドネシア・西ジャワのBuniayu Caves石筍の化学分析、スカブミ周辺の降水量データ収集を中心に行った
 下記に、これまでの研究成果をまとめた。

 

(a) 気象観測点における降水量データの収集

米国海洋大気圏局National Oceanic and Atmospheric Administration)のホームページから、Buniayu Cavesの近隣にあるCikidangにおいて、1921年から1975年の降水量データを取得した。その結果、1960年代に多雨な時期があることが分かった。

また、インドネシア・ボゴールにある気象局から、Buniayu Cavesの近隣にあるCikidang観測点の1979年から1992年、Artana観測点の1981年から1999年、Dinewati観測点の1984年から2000年の降水量データの取得に成功した。

 

テキスト ボックス: 図1: インドネシア・西ジャワの地図。Buniayu CavesとCikidang・Artana・Dinewati気象観測点。
   

(b) 石筍断面の縞構造の解析とU-Th年代測定による、鍾乳石成長の年代モデル決定

インドネシア・ジャワ島西部のスカブミ地域にあるCiawitali Caveにおいて採取した石筍の中で最も良好な条件を持つ試料(CIAW15a)について、薄片試料を用いた縞構造の詳細な観察と縞数の解析を行った。その結果、結晶の密な白色部と、空隙が多数存在する黒色部が積み重なった縞を観察することができた。白色部と黒色部を合わせて一縞とすると、縞の厚さは56.2 μm (+21, -12) 厚であった。さらに、CIAW15aの頭頂部から4.405.15 cmほどの部分をウラン放射非平衡年代測定すると、1.174 ± 0.082 千年の年代が得られた。この結果から計算される平均年間成長速度は3547μm/yearであり、観察した縞厚と誤差範囲の中で一致し、縞は基本的には年縞であるとことが明らかになった。これは、アジア赤道域では世界で初めての成果である。

 

(c) 縞構造に沿った酸素・炭素安定同位体変動プロファイル測定

CIAW15aの石筍試料について、成長軸に沿って77μmごとに試料採取し、炭素・酸素安定同位体比を分析した。試料の採取から同位体比測定までの一連の作業は、海洋研究開発機構の坂井三郎氏の協力の下で行った。

石筍中の炭素・酸素同位体比の測定値は、滴下水の化学組成と平衡に沈殿した方解石の理論値よりも高い値であった(2)。これは、二酸化炭素の脱ガスによる動的同位体分別の効果を反映している。また、石筍中の炭素・酸素同位体比はよく相関しており(2)、この結果も脱ガスによる分別効果を支持している。

炭素・酸素同位体比の経年変化(traveling time未補正)と降水量は負の相関を持つ(3b)。特に、炭素同位体比と降水量は、高い相関係数R2=0.85を持つ(4)。このことから、石筍中の安定同位体比は降水量の指標となることが明瞭に示された。これは、アジア赤道域では世界で初めての成果である。

加えて、traveling timeを補正すると、同位体と降水量の時系列データには相関が見られない(3a)。したがって、上述した脱ガスによる動的同位体分別は、水が基盤を浸透した後、鍾乳洞内において滴下する際に起ったことが示唆される。つまり、降水量の変動に伴って、ピストン流メカニズムにより滴下速度が変動し、これにより洞内の二酸化炭素分圧の変化が動的同位体分別を支配し、石筍中の安定同位体変動をもたらすと考えられる。このように、traveling timeも含む実証データを積み重ねて、石筍中の安定同位体変動の原因を明確にした点も世界で初めての成果である。

以上の一連の成果によって、今後、気象データの無いより古い時代に遡って同位体比を測定し、過去の降水量を復元していくための明確な基盤を形成することが出来た。


 
 2: 炭素・酸素同位体比の相関。◆は石筍のデータ、★は滴下水の組成と温度と平衡に沈殿したと仮定して計算した方解石の理論値

 

4: 炭素同位体比と降雨量の相関図。降雨量はCikidang観測点の2年移動平均値。